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実体は劣化した「アポロ」、米国の有人月探査計画(1)

2005年10月24日

〜シャトル技術流用が実現性に影


(松浦 晋也=ノンフィクション・ライター)


2005年9月19日、米航空宇宙局(NASA)は、2018年から有人月探査を再開する具体的な方法を公表した。2004年1月に、ブッシュ米大統領は、スペースシャトルと国際宇宙ステーション(ISS)を中心とした従来の方針から踏み出し、有人月・火星探査へと大きく方針転換した新宇宙政策を発表している。今回発表したのは大統領府の方針転換に応じて、NASAが策定した具体的な月探査計画だ。



カプセル型有人宇宙船、月着陸船、人員輸送用、貨物輸送用の新ロケットを開発し、一度に4人の宇宙飛行士を月面に送り込み、一週間程度の探査を行う。NASAは、このような探査を年2回のペースで進め、その先には恒久的有人月基地を建設するとしている。



同計画は、一見すると1960年代のアポロ計画を現代の技術を注入して蘇らせたように思える。しかし、主に新ロケットの詳細を検討していくと、この計画は「月探査という目的のために、技術的に根本から考えた」というものではないことが見えてくる。



新しい有人月探査計画の実体は、「現代のアポロ計画」とは言い難い。新ロケットの設計から見る限り、同計画は「劣化したアポロ計画」である。



4種類の新ハードウエア



新有人月探査計画のために、大まかに言って米国は新しいハードウエアを4種類開発する。(1)カプセル型有人宇宙船の「CEV」、(2)月表面に着陸し、月面探査の拠点となる月着陸船、(3)地上から地球低軌道にCEVを打ち上げるためのロケット「クルー・ローンチ・ビークル」、(4)月探査に必要な物資を打ち上げるための大型ロケット「ルナ・ヘビー・カーゴ・ローンチ・ビークル」---だ。2種類のロケットは、それぞれスペースシャトルの固体ロケットブースター(SRB)、外部タンク、液体酸素・液体水素を使用するスペースシャトル主エンジン(SSME)を使い回す。



それぞれ以下のような特徴を持つ。



(1)CEV:ほぼ、アポロ宇宙船のカプセルと相似形の円錐型有人宇宙船。ただしアポロ宇宙船が底面直径3.8mで定員3人であるのに対して、CEVは5.5mで定員6人と大きい。寸法でほぼ1.5倍、内容積は3倍になる。6人の定員は、ISSへの往復と将来の有人火星探査に使うことを睨んだもので、有人月探査では4名が搭乗する。



後部に装着する機械モジュールには、月周回軌道に入ったり、月から地球に向かうための軌道変更用にロケットエンジンを持つ。アポロ宇宙船では、この軌道変更用エンジンに、性能は低いものの混合するだけで着実に着火する、ヒドラジンと四酸化二窒素という組み合わせの推進剤を使用していた。一方CEVでは、液体酸素とメタンという組み合わせを使用する。これは有人火星探査で、火星大気中の二酸化炭素からメタンを現地生産する可能性があるため。信頼性よりも将来のための技術開発を選択した。



アポロ宇宙船は海上に着水したが、CEVは陸上に帰還する。また、アポロ宇宙
船は1回限りの使い捨てだったが、CEVは10回程度の再利用を想定している。



(2)月着陸船:アポロ計画の月着陸船は2人乗りだったが、こちらは4人乗り。規模が大きくなっただけで、基本的な構造はほとんど変わらない。ただし、月表面から上昇するためのロケットエンジンはCEV同様、アポロ計画で使われたヒドラジン系推進剤から、液体酸素・メタンの組み合わせに変更された。これも有人火星探査に向けた布石である。月表面に降下するためのロケットエンジンは、液体酸素・液体水素を使用する。



月周回軌道上のCEVと月着陸船想像図(Photo Credits: NASA/John Frassanito and Associates)



(3)クルー・ローンチ・ビークル:構想の検討段階では「インライン・ミディアムリフター」と呼ばれていた(関連記事)。スペースシャトルの固体ロケットブースター(SRB)を第1段に使用、液体酸素と液体水素を推進剤とするスペースシャトル主エンジン(SSME)1基を第2段に使用する。地球低軌道にスペースシャトルと同程度の25トンを打ち上げる能力がある。第1段は、固体推進剤が詰まった4つの円筒部品を組み立てる4セグメント構造だが、全長を延ばして5セグメントにすると、打ち上げ能力は32トンまで増加する。



クルー・ローンチ・ビークル打ち上げ想像図(Photo Credits: NASA/John Frassanito and Associates)



(4)ルナ・ヘビー・カーゴ・ローンチ・ビークル:構想検討段階では「インライン・ヘビーリフター」と呼ばれていた。シャトル外部タンクの側面に、延長した5セグメントSRB2基、下部に5基のSSMEを装備する。2基の「J-2S」エンジンを装備した第2段「地球離脱ステージ」を使い、月に向けて125トンの宇宙機を送り出すことができる。J-2Sはアポロ計画のために開発された「サターンV」ロケットの第2段と第3段に使用されたロケットエンジンで、液体酸素と液体水素を推進剤に使用する。



ルナ・ヘビー・カーゴ・ローンチ・ビークル打ち上げ想像図(Photo Credits: NASA/John Frassanito and Associates)



有人月探査では、まずルナ・ヘビー・カーゴ・ローンチ・ビークルで、月着陸船と地球離脱ステージを、地球を回る軌道に投入する。次いでクルー・ローンチ・ビークルで、宇宙飛行士が搭乗したCEVを打ち上げ、ドッキングさせる。アポロ計画では巨大な「サターンV」ロケットで、宇宙飛行士の乗った宇宙船と月着陸船を同時に打ち上げたが、今回は貨物と人員を分離して打ち上げるわけだ。



ドッキング後、地球離脱ステージを噴射して月に向い、CEV機械モジュールのロケットエンジンを噴射して月周回軌道に入る。4人の宇宙飛行士は全員が月着陸船に乗り移り、月面に降りる。CEVは無人で月周回軌道に待機する。



月面滞在期間は一週間、月着陸船の上昇ステージでCEVに戻った宇宙飛行士は、CEV機械モジュールのロケットエンジンを噴射し、地球に帰還する軌道に入る。地上に戻ってくるのはCEVのカプセル部分のみで、機械モジュールは再突入直前に切り離して投棄する。



既存の宇宙機と、新ロケットの比較。左からサターンV、スペースシャトル、クルー・ローンチ・ビークル、ルナ・ヘビー・カーゴ・ローンチ・ビークル(photo by NASA)



技術的には妥協の産物である2種類のロケット



アポロ計画は、産業的基盤も成功への見込みもないところに巨額の予算を投入し、有人月着陸を成功させた。このため、アポロ計画のために開発された中核的なハードウエアは、「サターンV」ロケットにせよ月着陸船にせよ「月に人間を安全に送り込み、帰還させる」というただ一つの目的に絞り込んで設計されていた。技術的に迷いがなかったのだ。



しかし今回の有人月探査計画はそうではない。使える予算は、限られている上に、スペースシャトルにおいて先行して開発された技術もある。技術基盤があるといえば聞こえはいいが、「ゼロから最適の設計を行うことができない」ということでもある。



最大の問題は2種類の新ロケット、「クルー・ローンチ・ビークル」「ルナ・ヘビー・カーゴ・ローンチ・ビークル」に現れている。



共に、スペースシャトルの技術資産を最大限に利用した設計で、NASAは「安全性と実現性に考慮して、スペースシャトルの技術資産を生かす方法を選定した」としている。NASAの言う安全性とは、スペースシャトルの運航により有人打ち上げに使えるという実績を持っていることを意味する。実現性は限られた時間とコストの中で、確実に開発して運用に持ち込めるということだ。



しかし、いくらシャトルの技術資産を流用するとしても、全く同じ状況で使用するというわけではない。使用する状況が異なれば、改めて試験を行う必要があるし、場合によっては設計変更しなくてはならない。



安易な流用は設計変更を招き、かえってコスト高と計画遅延の原因となる可能性が高い。これはロケットに限ったことではない。技術開発の分野では、当たり前の常識といっても良い。



SSME流用のため低コストエンジンを使用できず



NASAの提示する2種類のロケットは、共にスペースシャトルの主エンジン「SSME」を使用する。SSMEは、スペースシャトルのオービター後部に3基装着されている液体酸素と液体水素を使用するロケットエンジンだ。SSMEはスペースシャトルのオービターと共に地上に帰還し、何度も再使用するという前提で設計されている。そのため、複雑かつ高コストの構造でも積極的に採用した。



現在米国は、スペースシャトルに使用するため、15基のSSMEを保有している。スペースシャトル退役後に、これらのエンジンを順次新ロケットに回していくとしても、全然数が足りない。「ルナ・ヘビー・カーゴ・ローンチ・ビークル」に使用するなら3回の打ち上げですべての在庫を使い切ってしまう計算だ。



このため、新ロケットのためにはSSMEを大量に製造しなくてはならない。



ところが再利用を前提に設計されたSSMEは非常に高コストだ。米国が現在「アトラスV」ロケットに使用している、ロシア製の第1段用ロケットエンジン「RD-180」は、約1000万ドルだ。一方、SSMEは1基が約3000万ドルという。つまりSSMEは、使い捨てにする通常のロケットエンジンに比べて約3倍も高価なのである。これはそのまま、新ロケットの運航コストを押し上げる。



もちろんSSMEの性能をそのままにして、1回限りで使い捨てることを前提とした低コストのエンジンを開発することはできる。しかしそれはSSMEの単なる改良では済まない大事業となり、相応の開発コストを必要とする。



スペースシャトルの主エンジン「SSME」(photo by NASA)

デルタ4用のRS-68エンジン(photo by Boeing)



米国は「デルタ4」ロケット向けの「RS-68」という低コストの第1段用液体酸素、液体水素エンジンを保有している。RS-68は、SSMEの開発で得られた知見に基づいて「そこそこの性能、徹底した低コスト」を目指して開発したエンジンだ。



NASAは、SSMEの代わりにより安価なRS-68を使用することも検討した。しかし、(1)安価だが性能の低いRS-68を使用すると必要な打ち上げ能力が得られない、(2)RS-68は無人打ち上げにしか使用しておらず有人打ち上げの実績がない――という2つの理由から、SSMEを採用した。



SSMEでなければ、必要な打ち上げ能力を得られないということは、新ロケットのSSME以外の部分の性能が十分ではないということだ。つまり、新ロケット2種類は、既存技術のつぎはぎで生じた無理を、高性能だが高コストのSSMEで、とりあえず覆い隠した設計なのである。



SSMEは無重力環境での着火に対応していない



SSMEは、重力がある地上でエンジンを着火する設計になっている。しかし、第2段にSSMEを使用する「クルー・ローンチ・ビークル」は、打ち上げ途中の無重力状態でSSMEを着火しなくてはならない。重力の有無は点火シーケンスに大きく影響する。



第2段にSSMEを使用するためには、落下設備を使って無重力状態を模擬した着火試験を行う必要があるし、試験結果によっては着火機構回りの設計変更を行う必要もある。設計変更をすれば当然あらためて試験を行う必要がある。そのためのコストが安く収まる保証はない。NASAは、今後3年ほどをかけて燃焼試験を実施し、SSMEの着火機能を確認しているとしている。



安定性に疑念がある「クルー・ローンチ・ビークル」の設計



「クルー・ローンチ・ビークル」に関しては、機体の構成自体にも不安材料がある。同ロケットの第1段は、スペースシャトルのSRBをそのまま流用している。SRBはガスを噴射するノズルを首振りさせる機構を持ち、ロケット全体の姿勢を制御する。



ロケットの制御には、ヨー(ロケットの進む方位角)、ピッチ(ロケットが進む方向の上下角)、ロール(ロケットの進行方向を軸とした回転角)の3つの角度を制御する必要がある。しかしノズルの首振り機構で制御できるのはヨーとピッチだけだ。SRBにはロールを制御するための機構は備わっていない。



一般にロケットのロール制御は、応答性が悪い。このためロール制御のためには、それなり出力を持つ制御機構が必要となる。もちろん後からロール軸制御機構を取り付ければ、新たに試験を行う必要がある。



また、「クルー・ローンチ・ビークル」は、直径3.7mのSRB流用第1段に、直径5.5mの第2段とCEVが結合されている。進行方向前方のほうが太いわけだ。このようなロケットは、打ち上げ時に横風の影響を受けやすい。矢羽根が矢の後部に付いているのと同じで、ロケットは後部が太いほど姿勢が安定する。前部が太いと、風で姿勢を崩す危険性が大きくなるのだ。



ロケットは打ち上げ時に、姿勢を細かく制御して正しい方向へと飛ぶ。「クルー・ローンチ・ビークル」の設計は、姿勢制御のためのマージンがあまり大きくないことを予感させる。



NASAは「クルー・ローンチ・ビークル」の安全性を、「事故率はスペースシャトルの1/10だ」としている。しかし、設計を見る限り、第1段の姿勢制御機構は十分な余裕を持たせ、従来以上に信頼性の高い制御系を採用しないと、その目標は達成できないように思える。



クルー・ローンチ・ビークルとルナ・ヘビー・カーゴ・ローンチ・ビークルは、共に「まるっきり無理な設計のロケット」ではない。米国にならば作ることはできるだろう。しかし、よくよく設計コンセプトを吟味していくと、シャトルからの技術流用による無理が目に付く。その意味では両ロケットは、「月に人間を送り込み、安全に帰還させる」というただ一つの目的に絞って開発された「サターンV」ほど純粋ではない。



つまり、新有人月探査計画は、ことロケットに関する限りは「劣化したアポロ計画」なのである。(続きへ



◆筆者:松浦 晋也=ノンフィクション・ライター。 1962年、東京都出身。 日経BP社記者として、1988年〜1992年に宇宙開発の取材に従事。主に航空宇宙分野で執筆活動を行っている。著書に 『われらの有人宇宙船』(裳華房)、『国産ロケットはなぜ墜ちるのか』(日経BP社)など。近著に、火星探査機『のぞみ』の開発と運用を追った『恐るべき旅路』(朝日ソノラマ)、スペースシャトルの設計が抱える問題点を指摘した『スペースシャトルの落日』(エクスナレッジ)がある。

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