昔は「タダ」と思いこんでいた水が日本では巨大産業へ

地球は「水の惑星」ともいわれる。だから水なんかいくらでもある、と私たちは思っている。だが、そのいくらでもある水の97.5%が実は海水で、飲み水にはもちろん、灌漑(かんがい)にも工業用水としても使えない。淡水は残りのわずか2.5%だが、その大部分は深層の地下水か南極、北極などの氷で、人間が利用できるのは地球上の水のわずか0.01%にすぎないのだ。
しかも、サハラ砂漠のような乾いた場所が地球上のかなり広い地域を占めており、わずかな水資源はアジア東部などの一部に偏在している。そして水は、人間が増やすことができないのにもかかわらず、世界の“水”需要は急ピッチで増え続けている。
途上国を中心に生活用水の増加が進み、その結果これまではどうにか間に合っていた地区、たとえば経済成長の著しい中国などでも水の供給不足が緊急の問題になってきた。国連の推定では、1995年には全体の3分の1だった世界の水不足人口が、2025年には3分の2にまで増えるという。
何かが足りないところには、必ず商売が生まれる。「隠れた巨大産業」といわれるウオーター・ビジネスがまさにそれだ。「水がビジネスになるなんて」と私たち日本人にはまだ実感が薄いかもしれないが、それなら冷蔵庫のドアを開けてみるといい。日本茶や中国茶、スポーツドリンクなどのペットボトルが思った以上に並んでいる。ちょっと前までの日本では考えられなかった庫内の光景だろう。
かつて「水はタダ」と思い込んでいた私たち日本人が、今では1人当たり年間平均10リットルのミネラル・ウオーターにお金を使っている。これは5年前の17倍という数字だ。だが全国に400社あるといわれるメーカーは、さらに伸びる――と強気である。フランスの141リットル、イタリアの149リットルに比べて、まだまだ消費量が少ないからだ。
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ウオーター・ビジネスは、ボトル・ウオーターの分野に限ったものではない。公共機関が提供しているとばかり思っていた水道事業も、民間業者のビジネスの場なのである。外国ではすでに4億人が民間水道業者から水を買っている。実は日本でも、2003年に地方自治法と水道法が改正されたのを機に、ある外国企業が地方自治体から水道事業を請け負うため日本に進出してきた。日本の上下水道の粗収入は約10兆円で、ビジネスが拡大する余地は十分である。
だが水を売る商売が繁盛するにつれて、ある疑問がでてくる。「水は公共の財産で本来はタダなのではないか、なぜ彼らはそれで利益を得ていいのか」。その疑問をアメリカ・ミシガン州の市民団体が行動で表わした。あるボトル・ウオーター・メーカーが土地の大地主の敷地内にある地下水を買う契約をしたのがきっかけで、「地下水がつながっている湖が枯れ、地区の生態系がこわれてしまう」と訴訟を起こしたのだ。全人類に共通するテーマ、「水はだれのものか」という問題が提起されたわけである。
ただ、アメリカの法律では日本同様、水は土地の所有者に権利がある。裁判は二転三転して現在も継続中であるが、これだけウオーター・ビジネスが拡大してくると、やがて日本でも同じ事態が起こることも考えられる。
不思議なことに、こういった問題は途上国では起きていない。これらの国々では人々が水のために支払う金がないので、企業も手をのばす意欲が薄いからだ。かくて相変わらず、安全な水を最も必要とする人々のところには水が十分に供給されないという、皮肉な事態が続いているのである。
食料分野のルポ記事で多くの問題提起をしてきた著者が、本書では人類共通の財産“水”の問題をめぐる世界の動きを伝える。これまででもっとも多く取材拒否にあったという事実が、ウオーター・ビジネスの複雑な一面を表しているようだ。
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