「さらに縮小、見えなくなった有用性」、NASAが国際宇宙ステーション計画見直し
(松浦晋也=ノンフィクション・ライター)
「いよいよ始まった」というべきだろう。米航空宇宙局(NASA)のグリフィン長官は、6月13日にパリ航空ショーの会場で行った記者会見で「今後数カ月のうちに国際宇宙ステーション(ISS)建設計画を大幅に見直すことになる」とコメントした。同時に「2010年までに15回の飛行は可能だが、25回は無理だ」とも述べた。
NASAの2006会計年度予算案には、6回のシャトル飛行が計上されている。うち5回の飛行はISSの主構造物であるトラスと、トラスに装備する太陽電池パドルの取り付けを行い、最後の飛行「アセンブリー・フライト10A」で、日欧のモジュールを結合するための「ノード2」というモジュールを運ぶ。しかし、実際問題として残る3機のオービターでは、年6回の飛行は不可能と思われる。グリフィン長官の発言から推測すると、年3回程度の飛行回数を維持するのが限界ではないだろうか。
2003年2月の「コロンビア」空中分解事故の直前の段階で、ISSを一応の完成に持ち込むまでには最低でも21回のシャトル運航が必要とされていた。それがさらに6回削減され、後15回の飛行でいやでもISSは「完成」ということにしなければならなくなったのである。
すべては既定路線となっていた
実のところ、「コロンビア」が空中分解事故を起こした時点で、ISSの規模縮小は不可避となっていた。それ以前の2001年の段階で、NASAは7名の宇宙飛行士滞在を可能にする居住モジュールの開発を中止してしまっており、「最小限の国際的責任を果たすにとどめる」という姿勢を明確にしていた。
米国にとっての最小限の責任は、日本と欧州のモジュールを打ち上げてISSにドッキングさせるということであり、米国は日欧のモジュールを受け入れるための「ノード2」を可能な限り早期に打ち上げようとスケジュールをやりくりする中で、「コロンビア」の事故が発生したのだった。
その後2004年1月にブッシュ米大統領が発表した新宇宙政策で、米国はISSからの離脱傾向を一層鮮明に打ち出した。飛行再開後のスペースシャトルはISS建設のみに使用し、2010年にISSを完成させ、同時にシャトルは引退させる――。
この方針の意味は、残る3機のオービターが2010年までに運行可能な打ち上げ回数の中で、ISSを完成とするということだった。2005年度NASA予算案ではすでに、スペースシャトルの飛行を2004年7月に再開して2010年までに26回程度飛行、うち15回はISS建設に振り向けると明記されていた(関連記事:2005年度NASA予算案、新宇宙政策に沿ってスペースシャトルとISSを「損切り」)。
スペースシャトルの飛行再開が遅れたことと、飛行時の安全対策がより厳重になったことが重なり、2010年までにスペースシャトルが運行できる回数は、さらに減ることとなった。グリフィン長官の発言は、2010年までのスペースシャトル運航をすべてISS建設に振り向けたとしても、規模縮小は不可避になっていることを改めて確認したものと言える。
真っ先に切られる「セントリフュージ」、日本人長期滞在も不透明に
縮小に向けた動きの中で、真っ先に削減の対象となったのは、日本が製造するモジュール「セントリフュージ(生命科学実験施設)」だった。日本はISSの日本モジュール「きぼう」打ち上げの対価としてとして、遠心力による人工重力発生装置を組み込んだ「セントリフュージ」を開発し、NASAに物納することになっている。今年3月頃から、「セントリフュージ」開発中止の噂が流れはじめ、NASAも削減対象となっていることを認めた。
「セントリフュージ」打ち上げが中止になれば、これまでの「セントリフュージ」開発費用をどこが負担するのか、また、「きぼう」打ち上げの対価はどのようにして支払うのかで、さらなる混乱が発生することは間違いないだろう。
ISSの規模縮小で、日本人宇宙飛行士の滞在日数も減ることは間違いない。1988年にISSに関する政府間協定が締結された時点で、ISSには常時8人が滞在し、うち1人は日本人飛行士となる予定だった。一年中いつでも日本人飛行士1名が宇宙に滞在しているはずだったのだ。
それが1991年の規模縮小で常時4人滞在、日本人飛行士は年に6カ月滞在に変更された。1993年に計画にロシアが参加し、常時7人滞在と規模は回復したが、ロシアが常時3人滞在を要求したので日本人枠は回復しなかった。そして2001年に米国が4名の常駐を可能とする居住モジュール開発を中止してしまったので、日本人の年半分の滞在は全く不透明になってしまった。
現在ISSはロシアの「ソユーズ」宇宙船と「プログレス」貨物輸送船によって運用されている。「プログレス」の物資運搬能力に限りがあるので、常時滞在は2人となっており、乗員交替時に3人目が1週間程度の短期滞在を行っている。現状のISSは物資輸送さえ解決すれば3人の常時滞在を可能にする能力がある。今後シャトルの運航再開で、ISSは常時3人の滞在に復帰することになるだろうが、それ以上増えることはないと考えるべきだろう。
日本は政府間協定でISSの1/8を利用する権利を持っている。しかし、滞在人員のように割ることができない枠は、基本的に「端数切り捨て」にならざるを得ない。今後、日本人飛行士の滞在日数の割り当ては大きく減るか、長期滞在を行うとしても、かなりの先延ばしになる可能性が大きいと見なくてはならないだろう。
「きぼう」打ち上げ中止の可能性も
3000億円以上をかけた日本モジュール「きぼう」は完成し、すでに米国に出荷されている。しかし「きぼう」は宇宙実験を目的としたモジュールで、それ単体では機能することができない。「きぼう」を操作する宇宙飛行士を滞在させ、「きぼう」に電力や空気を供給する米国の設備がカットされれば、それだけ「きぼう」の有用性は低下することになる。
さらに、たとえ電力などがきちんと供給されても、実験を行うのは宇宙飛行士だ。常時滞在人数が減れば、「きぼう」で行う実験にまで手が回らなくなるのは容易に予想できる。ISSの規模縮小は即「きぼう」の有用性の低下でもある。
ISS建設に必須のシャトルは米国が運用している。米国がISSから離脱したがっていることは、過去数年間の動向から明らかだった。しかし日本はその間、状況の変化に対応するための布石を打つことができなかった。「きぼう」が全面的に米国の供給するリソースに依存していたので、何もできなかったのである。
ISSは政府間協定という「国と国との約束」に基づいた計画なので、今後とも米国は「最小限の国際的責任」を果たす努力を続けるだろう。しかしそれは「『きぼう』を打ち上げてISSに取り付ける」ことであって、「『きぼう』を有効利用して成果を上げる」ことではない。そして「きぼう」は、利用のために必要な電力も空気も米国に依存しており、米国の協力なしに有効利用はあり得ない。
「きぼう」は打ち上げ後、運用に年間300億円、その他H-IIAロケットで打ち上げる物資輸送船「HTV£」による物資補給に年間400億円がかかるとされている。宇宙に上がった「きぼう」はその有用性如何と関係なく、年間1800億円規模のJAXA 予算の中から、毎年700億円を消費するわけだ。日本側の関係者の間でも、「もう『きぼう』打ち上げは無理ではないか」「いっそ上がらないほうが結果としてはいいのではないか」という声も上がり始めている。
ISSは、今や米国以下、どの国も手を引きたがっているが、政府間協定に縛られてどの国も退くことができない泥沼と化している。7月のスペースシャトル「ディスカバリー」打ち上げになにかトラブルが発生でもすれば、「今後のモジュール輸送は不可能」という名目で計画が中止になりそうな情勢だ。日本も、ISS計画瓦解を想定した緊急時のための宇宙計画を用意すべきだが、今のところ表だった動きは始まっていない。
◆筆者:松浦 晋也=ノンフィクション・ライター。 1962年、東京都出身。 日経BP社記者として、1988年〜1992年に宇宙開発の取材に従事。主に航空宇宙分野で執筆活動を行っている。著書に 『われらの有人宇宙船』(裳華房)、『国産ロケットはなぜ墜ちるのか』(日経BP社)など、。近著に、火星探査機『のぞみ』の開発と運用を追った『恐るべき旅路』(朝日ソノラマ)、スペースシャトルの設計が抱える問題点を指摘した『スペースシャトルの落日』(エクスナレッジ)がある。
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