H-IIAロケット、成功でも単純にバンザイとは言えぬ関係者の表情
(松浦 晋也=スペースノンフィクションライター)
26日午後5時9分、種子島宇宙センターから1年3ヶ月ぶりにH-IIAロケットが打ち上げられる。準備は順調に進んでおり、26日午前4時過ぎには、機体組立棟からロケットが姿を現す予定だ。

25日午後3時からの記者会見の様子(種子島宇宙センターにて)
「失敗の後の初めての打ち上げのということもあり、今回の士気は非常に高い」26日午後の記者会見で、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の園田昭眞打ち上げ隊企画主任は言った。今回の打ち上げに従事する関係者はJAXA、メーカーなど合計526名。この人数は2001年8月のH-IIAロケット1号機打ち上げ時に匹敵する。
しかし、今回の打ち上げは、1号機の時と大きく異なる。H-IIAロケット1号機は、新しいロケットの最初の打ち上げだった。ペイロードはダミー・ウエイト、そして衛星を狙った軌道にどれだけの精度で投入できるかを検証する電波発信器とミラーボールだけだった。ロケットの打ち上げに成功すれば、関係者全員が「バンザイ」と喜ぶことができた。
しかし今回は、打ち上げ失敗事故からの復帰を賭けた打ち上げで、ペイロードとして国土交通省・気象庁の「運輸多目的衛星新1号(MTSAT-1R)」を搭載している。打ち上げに成功しても以前と同じ水準に復帰しただけだ。
打ち上げの目的が達成されるためにはMTSAT-1Rが予定の軌道に入るだけではなく、軌道上できちんと動作しなくてはならない。打ち上げ成功が即バンザイとはならない。衛星が所定の機能は発揮できるかどうかが問題なのだ。記者会見で、国土交通省と気象庁の担当者は終始硬い表情を崩さなかった。
MTSAT-1Rを巡る不安
そのMTSAT-1Rは、様々な不安要素を抱えている。日本は国際的な公約として1970年代に静止衛星による気象観測を開始した。気象衛星「ひまわり」シリーズは、1995年3月に打ち上げた「ひまわり5号」まで、東経140°の静止軌道から東太平洋からオセアニアにかけての気象観測を行い、取得データは東南アジアからオーストラリアに至る多くの国々が利用してきた。しかし、それほど重要な衛星にもかかわらず、当時の運輸省・気象庁は予備衛星の用意を怠ってきた。
加えて運輸省は、「ひまわり6号」に当たる気象衛星に航空機の管制用の通信機器を相乗りさせて、名称も「気象衛星」から「運輸多目的衛星」へと変更した。
「あれもこれも」と欲張った目的を満足させようとすると、すべからく機械は故障しやすくなる。気象観測を確実に行うためには、衛星の目的は気象観測に限定するべきだ。予備機も用意しない気象衛星ならば、このような二兎を追う衛星にするべきではなかった。
MTSAT-1Rは、アメリカの静止気象衛星「GOES」の設計を基本に、航空管制用通信機器を相乗りさせた設計だ。現在アメリカが運用している「GOES」に、このような通信機器を相乗りされた機体は存在しない。つまりMTSAT-1Rは初めて軌道上に打ち上げられる「初物」の衛星である。
またMTSAT-1Rには、米レイセオン社が開発した新型気象センサーが搭載されている。新型と言えば聞こえが良いが、つまりはこれまで実際に軌道上で動作するかどうか検証したことがない「初物」だということだ。
10年前に打ち上げられた「ひまわり5号」はすでに予定した寿命を大幅に過ぎており気象観測を停止している。東太平洋の気象観測は、気象庁が米海洋大気庁(NOAA)から借りた気象衛星「GOES-9」が行っている。そのGOES-9もそろそろ寿命が尽きようとしている。MTSAT-1Rの打ち上げが成功したとしても、軌道上でトラブルを起こせば、東太平洋、オセアニア地域の気象観測に空白が生じることになる。気象観測にとって何よりも大切なのは継続だ。衛星気象観測の中断は、台風の進路予測を困難にし、長期予報の精度を損ない、長期的な地球環境の監視に悪影響を与える。
記者会見では「ロケットから分離後、衛星にトラブルが出た場合の責任はロラールとの間でどのような取り決めになっているのか」という質問が出た。これに対して、国土交通省の松本勝利航空衛星室室長は、「ロラールが故意にトラブルを起こしたならば賠償請求もあり得るが、その場合は立証責任は我々にある。このためリスクは我々が負うことになると考えている」と答えた。
誰のせいにも出来ない。国土交通省・気象庁は、初物の衛星構成に初物の気象センサーを搭載したMTSAT-1Rを軌道上で完全に動作させなくてはならない。失敗すれば日本は国際公約の不履行ということになり、周辺各国に多大な迷惑をかけることになる。
今回の打ち上げの概要をまとめたパンフレットには、MTSAT-1Rの目的を
1)次世代航空保安システムの中核となる航空ミッション
2)気象衛星「ひまわり」シリーズの後継としての気象観測機能
と、まとめている。
しかし、国民生活に与える影響から考えると、重要度は逆に気象観測機能のほうが大きい。実際、記者会見後、マスコミ関係者が集まったのは、国土交通省の松本勝利航空衛星室室長のところではなく、気象庁の大島隆気象衛星室室長のところだった。
まず目指すのは打ち上げ成功だ。だがその後には、初物尽くしの衛星を軌道上できちんど動作させるという難関が待っている。
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