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円・元・ドル・ユーロの同時代史 第40回〜10年見た夢の終わり

2004年11月20日

Chapter 6 消えた円圏構想


3 フィールド・オブ・ドリームズ



野球場を造りなさい、そうすれば彼らが来るだろう。



だれかのそう言う声に促されてアイオワ州のとうもろこし畑に夢の球場を造ったら、父親世代の選手たちがいずこからともなく現れたという米国の映画(「フィールド・オブ・ドリームズ」)があった。



日本の円国際化議論は、これと同程度に「ファンタジー的」、つまり没論理的だった。



ただし、しゃにむに覇権を取って自国通貨の使用を強制する枠組みをつくろうとするのでない限り、「器を作れば、来てくれる」という、他力本願の理屈を採用せざるを得ないのは、無理からぬところではあった。



問題は「制度の未整備」だったか



1990年代半ばまで、円国際化やその難しさが論じられる場合は常に、わが国資本市場の未整備ぶり、後進性が、障害として指摘されたものである。上の比喩(ひゆ)をそのまま使うなら、「器がないから、人が来ない」というロジックだった *1。



円がアジアで基軸通貨的な使われ方をする場合を図式的に想像してみると、海外投資家が自国通貨を円に換え、円建て金融資産を購入し、東京市場で運用しようとする場合が第1に考えられる。



これが金融取引から見た側面とすると、実物面では、日本に出入りする貿易取引は言うに及ばず、第三国間の輸出入取引の多くも、円建てになるという状態が想定される。



もしこのような環境が現れたなら、企業、個人とも、円だけで物を売り買いしたり、海外投資をしたりすることができるのだから、日本の経済主体は為替変動リスクについて関心を払う必要がなくなる。「米国並み」となるわけである。



いずれにせよこうした状態は、東京に本拠を持つ大手商業銀行が、最終決済機能を提供することを前提としてのみ成立する。



具体的に言えば、外国の企業や人(非居住者)が、東京三菱銀行や三井住友銀行に円建ての決済性預金口座を持ち、そこを支払い口座として、商いの決済をするという状態である。



もしこれを最終目標として考えるなら、確かに東京市場の状況は粗末としか言いようがなく、そのままで客に来てくれとは言えない状態だった。



よい例が国債取引に課せられていた源泉徴収税である。外国投資家に日本国債を買わせまいとする仕組みとさえ言えた。



ところがどうだろう。10年がたち、入れ物の整備は随分と進んだ。にもかかわらず、円の国際化は一向に進んでいない。



すなわち「If you build it, they will come」というファンタジーは、ついに実現することがなかった。



例えばTB(Treasury Bills、割引短期国債)、FB(Financial Bill、政府短期証券)という短期金融市場に欠かせない政府証券が公募入札によって市場で消化される形式となり、体裁としては外国中央銀行に買ってもらえる金融商品になった。



税制が外国人を不当に排除する仕組みとなっていた点も、同様に改善が進んだ。



またリアルタイム・グロス・セツルメント(RTGS)と呼ばれる決済機能の充実が図られ、決済のインフラが先進市場並みとなった。



さらに、証券の受け渡しと資金の決済を同時に行う支払い対抗受け渡し方式(DVP)がようやく整備され、所有権の移転に関し民法上グレーな領域が残っていた従前の後進性が排除された。



東京市場を金融仲介機能を果たす一つの場ととらえるならば、決済に不要な時間がかかったり、所有権が一時宙に浮いたり、あるいは二重課税を恐れたりする状態が残存していたのではとても使い勝手が良いとは言えない。だがこうした欠点はいずれも、ロンドン、ニューヨークなど先進市場に大きく近づく形で改善されたのである。



もっともこれらは、故首相の竹下登が好んだ言い方を使うなら「司、司(つかさ、つかさ)」の努力によって、すなわち官僚たちが個々の持ち場でボトムアップの努力を続けることで、進んできた過程である。



しかしそれだけでは、何かが決定的に欠けていたのだとしか思えない。と言うのは、円の国際化そのものは、以下に述べる通りさっぱり進捗しなかったからである。制度をいくら整備しても、それは手段をいじったに過ぎない。肝心の目的には、近づけたとは言えない状況である。



円国際化の失敗を示す統計


そのことを最も雄弁に物語るのが、グラフの示す非居住者向け円建て債権債務比率の推移だろう。



日本の金融機関が非居住者向けに円建て口座を多く持ち、円建ての融資、預金引き受けが盛んになされている状態こそが、先にも述べた通り円が国際化したと言っていい状態である。言い換えれば、主要決済通貨として、信用を勝ち得ていることの証拠となる。



グラフは日本銀行が公開している統計(国際決済銀行国際資金取引統計日本分集計結果)をもとに、1990年3月から四半期ごとに2004年6月までについて、日本にある銀行が非居住者向けに実施した融資のうちの円建ての比率(赤の折れ線)と、引き受けた預金のうちの円建て比率(青の折れ線)を見たものだ。





分かりにくくなるのを避けるため、グラフは融資(債権)と預金(債務)の円建て、ドル建て両方を合わせた残高そのものは載せていない。


いまグラフが見た期間の期初と期末についてそれぞれの残高(ドル換算)を記しておくと、債権の残高は8294億ドルが1兆3961億ドルに、債務の残高は8608億ドルが5853億ドルに、前者はともかく後者は顕著に減少している。



債権の絶対額は増えたものの、グラフが示すように円建て比率はこの10年近く趨勢的に減少の一途をたどった。借り手側には円資金の需要が極めて少ない事実を示唆するものだ。



円建て融資が増えなければ、その資金が最終的に戻ってくる場となる非居住者向け円建て預金が増えないことも道理である。



グラフからは同円建て比率が一定レベルで落ち着いているかの印象を受けるけれど、債務(預金)の絶対額が著しく減っていることを考慮しなければならない。



このように、日本に本拠を置く銀行の非居住者を相手とする業務は、円建て部分について見ると停滞の一語につきる。これこそは、円国際化が掛け声倒れに終わった何よりの証拠である。


(以上、統計について、大前研一氏が社長を務める株式会社ビジネス・ブレークスルー、BBT総合研究所の田代修弘氏から受けた指摘を元に修正した)



他方、貿易に占める円建ての比率はどう変化してきただろう。


輸出を円建てにする場合、受け取る通貨は円、輸入を円建てにする場合、支払う通貨は円。どちらの場合も、日本の経済主体は為替変動リスクから免れる。つまり相手国、経済主体に対して有利で強い立場にある証左となる。



それなら相対的に強い地位を得ていると思えるアジア相手の貿易に限って、円建ての比率が増えたかどうか検証してみると、芳しい状況にあるとは決して言えないのである。――。



1992年9月と2004年6月の各時点で比べた場合、アジア向け輸出の円建て比率は52.3%が53.4%、アジアからの輸入の円建て比率は23.8%が28.4%になった*2 。



12年という長い期間を経、この間東京市場の整備は随分と進んでいながら、輸出入の円建て比率が顕著に伸びた形跡はうかがわれないと言える。



各国中央銀行が保有準備資産の中にどの通貨をどれくらい持つかは、各通貨に関するいわば総合的な評点のようなものだろう。この点でも円はむしろ地位を低下させている。



「主要国の通貨当局保有外貨の通貨別構成比を見ても、円の比率は、90 年代初めから低下を続け、1991 年の19.1%からここ数年は5%強で推移している*3 」



ついえた夢


以上のように円の国際化とは、90年代半ばからの10年、主として役人たちの見た夢だった。掛け声はともかく、企業人たちが事実として全く同調しなかったことは、輸出入の円建て比率がまるで上がらなかった一点をもってしても明白である*4 。



決済インフラの整備、税制の改革といった目立たない技術的努力を孜々(しし)として続けた日銀マンや財務省役人たちの努力は多とされるべきだが、10年の努力は、課題の「不可能性」を実証したのみで終わったと言える。



既に国際公共財として広範に使われている通貨を一部にしろ押しのけ、新しい通貨を流通させるということは、行政的工程表に乗せ、日程を消化していけばできる類(たぐい)の課題ではない。



なぜ「ない」かに関する説明はいろいろだが、ドルを媒介すると何かにつけコストが低くて済むように、インフラが出来上がっている。そのため強い「慣性の法則」が働くとする見解が代表的だ。



例えば円とアジア通貨の交換は、いまだにドルを一度仲介させて行われている。各国通貨とドルの交換市場には豊かな流動性があり、それに伴って事務的インフラが充実している。「慣性」を保存させる仕組みが整っているからである。アジア諸通貨との関係においてすら、円はしょせん、周辺通貨でしかない。



基軸通貨とはそれを持とうとする者にとって、著しく参入障壁が高いのだと言うほかない。ひとたび出来上がった慣性を打破するには何か世間を根底から覆すような事態が必要なのであって、「戦争を要する」とした覇権安定論が、結局は再び説得性を帯びて見えてくる。



日本の挑戦は、本体の経済がまれに見る不況に揉まれる中続けざるを得なかったという意味で、不幸な星の下にあった。そして、終わった。



ドル体制に対する次なる挑戦者は、アジアから生まれるとしたら衆目の見るところ中国である。



しかしそれ以前に、基軸通貨がもたらす一種のモラルハザードを極限まで試そうとしているかに見える米国の現状を見ておかねばならない。


2004年大統領選挙によって、米国は近来珍しいほどの強大な政権を成立させた。そのことは皮肉にも、すべてのツケをドルに回すことによって、基軸通貨体制に耐久試験を課す要素をはらんでいる。


2000年代後半の米国経済次第では、いわゆる慣性の法則を打ち破るような非線形的発展があるかもしれない。




*1:2003年1月23日発表「『円の国際化推進研究会』座長とりまとめ」でも、「目指すべき方向」として「我が国市場を低コストで効率的な使い勝手の良いものにすることによって、国際化を推進」すべしと述べている。これが「器を作れば人は来る」論のある種の典型である。

*2:通産省(当時)「輸出入決済通貨建動向調査」ならびに財務省関税局調査保税課「貿易取引通貨別比率」各年版による。

*3:2003年1月23日発表「『円の国際化推進研究会』座長とりまとめ」3ページ

*4:「ジャンボジェット機をあれだけ買っている上得意なんだから、ボーイングとの購買契約を円建てにすればよさそうなものなのに。それを日本の航空会社幹部に言ったら『はあ、考えたこともありませんでした』ですからね」。財務省国際局の中堅幹部がこのように言って嘆息するのを聞いたことがある。


■バックナンバーはこちらをご覧ください。



谷口智彦

日経BP社編集委員室主任編集委員、2004年9月〜2005年6月は米ブルッキングズ研究所北東アジア政策研究センター・フェロー。1985年12月〜2003年8月日経ビジネス記者、後主任編集委員。この間、米プリンストン大学フルブライト客員研究員、ロンドン特派員、ロンドン外国プレス協会会長、上海国際問題研究所客員研究員。著書に『タテ読みヨコ読み世界時評』(日本経済新聞社)など。


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