漂流する日本の宇宙政策、責任を巡って打ち上げ再開にゴーサインが出ず
H-IIAロケットの打ち上げ再開に向けた動きが奇妙な袋小路にはまり込んでいる。
昨年11月29日に起きた6号機打ち上げ失敗は、事故原因究明が順調に進み、2月末に事故調査報告書も完成していた。宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、文部科学省・宇宙開発委員会が報告書を了承すれば、打ち上げ再開に向けて具体的に動き出す準備をすませており、事故から1年目の今年11月に、次のH-IIAを打ち上げる予定を立てていた。
ところが、政治の側から「事故再発を防ぐための組織見直しが必要」「事故があった場合の責任明確化を」という声が出て、打ち上げ再開への動きは封じられてしまった。宇宙開発委員会では「事故再発を防ぐための体制を構築するため」という名目で「特別会合」という一連の会議が組織され、さらには「H-IIAロケット再点検専門委員会」という会合までもが始まった。そこでの議論はどんどん枝葉の細かい問題にはまりつつある。現状ではいつになったら議論を終えて打ち上げ再開が可能になるのか、全く分からない。
これらの動きの底流から見えてくるのは、政治も宇宙開発委員会も「打ち上げ失敗の責任を取りたくない」と考えているらしいことだ。
さらに重要な問題がある。現在日本は気象衛星を失い、米海洋大気庁(NOAA)から借りた気象衛星「GOES-9」を静止軌道上で運用している。しかし同衛星も設計寿命は過ぎており、いつ動かなくなっても不思議ではない状況だ。もしも気象衛星が失われた結果、台風の進路予測ができずに人命を含む気象被害が出た場合、その責任を取るのは日本の政治家だろうか、それとも宇宙開発委員会だろうか。
ノズル浸食を防ぐ方針は判明している
2003年11月29日午後1時33分、宇宙航空研究開発機構(JAXA)はH-IIAロケット6号機を種子島宇宙センターから打ち上げた。ロケット先端に搭載されていたのは情報収集衛星(IGS)の第二弾だった。打ち上げ後100秒ほどからロケットが予定の軌道からどんどんずれて、打ち上げは失敗した。
ロケットに装着されたカメラの画像から、ロケットに2基装着される固体ロケットブースター「SRB-A」のうちの1基が燃焼終了後も投棄されずに、第1段にぶらさがったままだったことが判明した。燃え尽きたSRB-Aをかかえたままのロケットは予定通りの加速ができずに軌道をはずれたのである。同時に、SRB-Aのノズル基部に穴が空いて高温の燃焼ガスが噴出し、SRB-Aを分離するための導線を焼いたことも判明した。
その後の事故調査で、SRB-Aのノズル内部を流れる燃焼ガスが、ノズル壁面を浸食して穴を開けたことが判明。ノズル形状を変えることで浸食を軽減するという方針が示された。3月8日には宇宙開発委員会に報告書案が提出され、承認されれば11月打ち上げに向けた動きが始まるはずだった(JAXAホームページを参照。2月17日の宇宙開発委員会報告など)。
しかし3月9日に茂木敏充内閣府特命大臣(科学技術担当)が記者会見で「今、文部科学省の宇宙開発委員会の専門家が、このロケットの打ち上げの失敗にかかわる直接的な原因究明、それから今後の対応の方向性について、技術的観点から調査、審議をしていると聞いている。
一部には、この技術的観点からの見直しが行われたらすぐにも再開という報道等も出ているが、例えば、その設計から製造にかかわる間のJAXAとメーカーの役割分担とか、責任体制をどうしていくのかの議論も必要」と発言し、河村建夫文部科学大臣も同様の見解を示したことから、にわかに組織的な責任論が浮上した。
宇宙開発委員会の議論は枝葉末節へと迷走
組織問題については、JAXAが2月24日に総点検委員会の設置と再点検の実施を宇宙開発委員会に報告していた。そのため、宇宙開発委員会には特別会合が組織され、H-IIAロケットに関する問題を集中的に審議する体制が作られた。
しかし政治の側が責任問題と組織のあり方を問題にした結果、総点検の本来の目的である「H-IIA ロケットの再点検を実施し、早期かつ確実な打上げ再開を目指す」(JAXAホームページ内、「H-IIAロケットの再点検について」より)ことはどこかに行ってしまった。特別会合では、井口雅一宇宙開発委員会委員長が、「事故対策の徹底」を強く主張した。井口委員長は「ノズル内の浸食をゼロにしなくてはならない」とまで発言し、議論は「どのようにしてロケット打ち上げ再開への道筋をつけるか」ではなく、「技術と組織の枝葉末節をえんえんと議論し続ける」方向に向かうこととなった。
井口委員長に対しては、宇宙開発委員や特別会合出席者の間からも、「なぜこのような議論をしなくてはならないのか」、「技術的に浸食がゼロになるということはありえない」という発言も出た。
実際問題としてロケットのような極限の軽量化を必要とする機械で「浸食をゼロにする」というのは現実的ではない。「浸食は発生するが事故には至らないように設計する」というのが正しい考え方である。
しかし、大臣の意向を受けた形となった井口委員長の意見に対して、どの出席者も強い反対の態度を示すことができず、議論はどんどん些末なところへと入り込んでしまったのである。
責任体制という点では、特別会合の議論は、平成17年以降にH-IIAロケットの民営化移管を受ける予定だった三菱重工業が、製品としてのH-IIAに責任を持つという方向で議論が進んでいる。しかし、三菱重工業にすべてを押しつければ問題は解決するものでもなく、ここでも「三菱重工社内における品質管理体制をヒアリングする」というような、細かい「重箱の隅をつつく」方向に議論が迷走しつつある。
政治家からすればロケット失敗は天災
このような事態になった背景には、まず「たまたま大臣の任期中に起きたロケット失敗の責任を、なぜ自分が負わなくてはならないのか」という政治の側の感覚がある。政治家にすれば、科学技術を担当する大臣の席はキャリアを重ねていく過程での一つのプロセスだ。つまりロケット打ち上げ失敗は、一種の天災なのである。「自分が決断して開発が始まったわけでもないロケットの打ち上げで、偶然大臣である自分が責任を取らされるのは理不尽だ」というわけだ。
同情できるシチュエーションではあるものの、この論理はそのままどんどん伝染していく危険性がある。「自分が宇宙開発委員の時に、事故が起きるのは理不尽だ」「自分がJAXAの理事長(あるいは理事)の時に――以下同文」。この連鎖は、「自分がロケットを作っており、自分がロケットを打ち上げている」という確固とした自覚を持つ者のところまで続く。そして自覚のある者は、責任者と呼ぶに十分なほどの権限を与えられてはいない。結果として総無責任体制が出現することになる。
責任を取らず、責任を取らない体制を構築していけば、ロケットが打ちあがることはない。打ち上げがなければ事故もない道理だ。しかし、ロケットの信頼性は実績で計られる。いくら信頼性を向上する手段を議論したところで、打ち上げ成功を積み重ねていかなければ信頼性を示すことはできない。ロケットを打ち上げなければ、事故は起きないが、信頼性の向上を目に見える形で示すこともできないのである。
国際貢献である気象観測をどう継続するのか
さらに恐ろしいのは、そうやって責任論議をして打ち上げ再開を引き延ばしている今も、静止軌道上では気象衛星の寿命が尽きつつあるということだ。日本は1999年11月に、静止気象衛星「ひまわり」後継機である運輸多目的衛星「MTSAT-1」の打ち上げに失敗した。
その後、1995年3月に打ち上げた「ひまわり5号」の寿命が尽きたため、NOAAが軌道上予備機として運用していた気象衛星「GOES-9」を借り受けて静止軌道からの気象観測をかろうじて継続している。
しかし「GOES-9」も1995年に打ち上げられた衛星だ。設計上の寿命は5年であり、いつ動かなくなっても不思議ではない。「GOES-9」の現状はNOAAホームページで公開されている。これによると、軌道位置を制御するためのスラスター用推進剤がすでに尽きており、静止軌道上に衛星をとどめるための制御を止めている。また観測精度に影響を与える姿勢制御系にもトラブルが発生している。軌道上の「GOES-9」が機能を停止すれば西太平洋の気象観測には多大な影響がでる。
「MTSAT-1」の代替衛星として国土交通省が発注した、運輸多目的衛星「MTSAT-1R」は、製造元の米スペース・システムズ/ロラール社の倒産を乗り越えて、今年3月には種子島宇宙センターに到着している。しかしH-IIAロケット打ち上げが再開しなければ、MTSAT-1Rを打ち上げることはできない。
たとえ今年11月に打ち上げても、今年の台風シーズンには間に合わない。だが日本の静止気象衛星は、日本のみならず東南アジアからオーストラリアに至るまでの諸国が利用する極めて国際貢献度の高い衛星だった。一刻も早く打ち上げて、日本は国際的な責任を果たす必要がある。
静止気象衛星が使えなくなれば、衛星からの気象観測は、NOAAが地球を南北に巡る極軌道に打ち上げている極軌道気象衛星「NOAA」シリーズに頼ることになる。しかし「NOAA」衛星による観測は1日2回に限られる。
現在NOOAシリーズは6機が軌道上にあり、2機が正式運用、1機がバックアップ、1988年から1994年にかけて打ち上げられた古い3機が非常時に使用するスタンバイとして運用されている。実質的には正式運用の2機による1日4回の観測が限界だ。24時間継続的に観測を行う静止気象衛星の代用にはならない。
「GOES-9」が機能を喪失して静止気象観測が不可能になり、その結果台風の進路予測を誤るというような事態が起きれば、人命も含む深刻な気象被害が発生する可能性がある。
ロケットの信頼性と責任を議論して打ち上げ再開を引き延ばし、結果として日本や「ひまわり」を利用していた諸外国で気象被害が発生したならば、日本という国の威信、さらには日本の技術に対する国際的なブランドイメージは大きく失墜することになる。
確かに日本において「責任を取る」ということは、事故の再発を防止しつつ打ち上げを再開することを意味しない。「お前のせいだ」という罵声を浴びつつ、様々な人々の前で平身低頭することを意味する。誰もが「責任を取りたくはない」と考えても無理はない。しかし、だからといって「組織の責任をはっきりさせる」「完璧を期する」という名目で打ち上げ再開を引き延ばしていけば、国際貢献という分野で、日本は責任を果たすことができなくなる。
その場合「気象観測による国際貢献の中断」という事態の責任を取るのは一体誰なのだろうか。
◆筆者:松浦 晋也=ノンフィクション・ライター。 1962年、東京都出身。 日経BP社記者として、1988年〜1992年に宇宙開発の取材に従事。 著書に「H-IIロケット上昇」(日経BP社)、近著に日本独自の有人宇宙活動の可能性を論じた、『われらの有人宇宙船』(裳華房)がある
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