2005年度NASA予算案、新宇宙政策に沿ってスペースシャトルとISSを「損切り」
2004年2月5日
今回公表された予算概要と大統領新政策を検証していくと、アメリカが「スペースシャトルは失敗作、ISSは自国にとってお荷物」と考え、その切り捨てに動き出したことがはっきり見えてくる。株式用語でいえば損失を確定するための売り、「損切り」に相当する態度といえるだろう。
父ブッシュの時とは状況が異なる
1月14日に公表されたブッシュ大統領の新政策の概要は以下の通りだ(全文はこちら)。
- 2010年までにISSを完成させる。そのためにスペースシャトルの運航を再開する。スペースシャトルは2010年に引退させ、新たな宇宙船CEV(Crew Exploration Vehicle)を開発する。CEVはアポロ宇宙船以来の、他天体に向けた有人宇宙船であり2008年までに試験打ち上げを行い、2014年までに最初の有人ミッションを行う。CEVはシャトル退役後のISSへの乗組員往復に使用する。
- 米国は2015年、遅くとも2020年までに月有人ミッションへ復帰する。その前に2008年までに月への無人探査車ミッションを実施する。月は、火星有人探査で始まるそれ以遠へのミッションの基地となる。
- 同時に太陽系の様々な場所への無人探査ミッションを実施する。
この方針に応じて翌1月15日にNASA本部は機構改革を行った。素早い対応から、ブッシュ演説は大統領周辺の選挙対策といった思いつきで出たものではなく、NASAがおそらくは過去1年間に渡って練り上げてきたプランがボトムアップされたものであることが分かる。
またメディアの一部では、父ブッシュ大統領が1989年に打ち出したものの尻すぼみに終わった月・火星有人探査構想「Space Exploration Initiative(SEI)」を引き合いに出して、今回も選挙対策だから尻すぼみになるだろうと報道したが、これも間違っている。
SEIは当時のクエール副大統領が熱心に推進して父ブッシュ大統領がそれに乗っかったものだった。当時NASAはクエール副大統領に不信感を持っており、SEIに対してさほどやる気を見せてはいなかった。
それに対して今回は、NASAからのボトムアップの提案に、ブッシュ大統領自らが乗っているわけだ。中心にいるのが副大統領ではなく大統領という点は過小評価すべきではない。明らかにアメリカの宇宙政策は大きく方向転換し始めたのである。
巨大な失敗作、スペースシャトル
2005年度予算案には2009年までの予算計画も掲載されている(詳細はこちら)。
これらからNASAの総予算とスペースシャトル予算、そしてISS予算を見ていくと以下の通りになる。
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年度 NASA総予算 シャトル予算 ISS予算
-------------------------------------------
2004 153.78 39.45 14.98
2005 62.44 43.19 18.63
2006 70.02 43.26 17.64
2007 178.15 43.14 17.80
2008 180.01 40.27 17.79
2009 180.34 30.30 21.15
-------------------------------------------
(単位:億ドル)
さらにブッシュ大統領の演説と同時に公表された将来のNASA予算プランから、2020年までの予算の推移を知ることができる(詳細はこちら)。
2009年以降はこのグラフからおおよそのところを読みとるしかないが、アメリカがISSの運用を終了するとした2016年までの予算の推移はだいたい以下の通りである。
-------------------------------------------
年度 NASA総予算 シャトル予算 ISS予算
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2010 189 35 20
2011 184 10 20
2012 191 0 21
2013 198 0 21
2014 201 0 22
2015 215 0 22
2016 215 0 22
-------------------------------------------
(単位:億ドル)
スペースシャトルの運用は2010年で終了し、2011年には終了経費が計上されている。
2005年度予算案でNASAは2004年9月にスペースシャトルの運航を再開し、その後12〜13カ月に合計6回を打ち上げるとしている。つまり2004年10月から始まる2005年度のスペースシャトル予算で、NASAは5回の打ち上げを行う計画なのだ。このことから、運用予算の43億1900万ドルを5回で割った8億6000万ドル(1ドル106円換算で912億円)が、シャトルの打ち上げコストと推定される。
NASAは公式にはスペースシャトルの打ち上げコストを公表していない。しかし、コロンビア事故以前の予算では、スペースシャトル予算を年間飛行回数で割った値は5億ドル(約530億円)程度だった。つまり、事故後の安全対策に1回の飛行ごとに3億ドル以上をかけると見て間違いはないだろう。ロシアの「ソユーズ」宇宙船は、3人の宇宙飛行士を30億円程度で打ち上げていると言われる。7人の宇宙飛行士を最大二週間ほど打ち上げるために900億円を超える額を費やすというのは、スペースシャトルが低コスト宇宙輸送システムとして完全に失敗したことを意味している。
しかしアメリカが公式にスペースシャトルを失敗作とすることはないだろう。巨大化したスペースシャトルにはあまりに多くの政府機関とメーカーが関係している。それを失敗とすることは歴代大統領から末端のメーカーに至るまでの責任問題が浮上するということだからだ。2010年まで巨額の投資をしながらシャトルを運航するということは、次世代の有人宇宙飛行システムを開発するまでつなぐという意味の他に、あくまでスペースシャトルを「成功したシステム」として引退させるための必要経費という意味もあると言える。
ISSも縮小傾向がはっきりと打ち出される
スペースシャトルを2010年まで使い続ける理由はもう一つある。ISSがスペースシャトルで組み立てることを前提に開発されているからだ。シャトルなくしてISSは建設できない。ISSは多国間の政府間協定に基づく国際協力計画なので、アメリカも自国のみの判断で中止できない。
スペースシャトルの打ち上げコストである8億6000万ドルと、2010年までのスペースシャトルのための予算を比較することで、2008年までは年間5フライト程度、2009年と2010年は3フライトの合計26回程度の飛行でシャトルは運用を終えることも読みとれる。これらの機会のすべてをNASAはISS建設に振り向けることを表明しており、2007年に予定されていた「ハッブル」宇宙望遠鏡の修理ミッションすら中止となってしまった。
しかしISSでもアメリカは、計画の縮小の姿勢をはっきりと打ち出した。今回の予算案には2004年9月にスペースシャトルが運航を再開した場合の組み立て予定が掲載されており、完成までのシャトルのISS組み立てのための飛行は15回とされている。ISSは、コロンビア事故の前に、完成までにあと21回の組み立てフライトが必要というところまで来ていたが予算不足のために1年かけて規模の再検討を行うということになっていた。6回の飛行が削減されたことになる。それら飛行で軌道上に運ばれるはずだった米国居住モジュールなどのモジュールは開発中止ということになる。
2005年度のNASA予算案から見えるのは、NASA予算を圧迫する二大要素であるスペースシャトルとISSを、建前上「成功したミッション」ということにして面目を保ちつつ段階的に撤退し、浮いた予算をより広範囲の太陽系探査に振り向けようという姿勢だ。 アメリカが「損切り」に動き出したことで、「すでに軌道上にあるISSの運用責任というジョーカーを、最終的に誰に引かせるか」という駆け引きが激化することが考えられる。その中で日本は、真正直に損失をかぶらないよう立ち回ることが必要だ。
◆筆者: 松浦 晋也=ノンフィクション・ライター。 1962年、東京都出身。 日経BP社記者として、1988年〜1992年に宇宙開発の取材に従事。 著書に「H-IIロケット上昇」(日経BP社)、近著に日本独自の有人宇宙活動の可能性を論じた、『われらの有人宇宙船』(裳華房)がある
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