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「やらない理由」たり得ず、日本の有人宇宙飛行論議をしばる先入観

2003年10月20日
 中国は「神舟5号」の成功を受けて、今後の有人宇宙開発ロードマップを明らかにした。それによると、(1)船外活動の実施、(2)宇宙船のドッキング、(3)宇宙実験室(注:独自の宇宙ステーションを意味する)の建設---と進むという。次の有人宇宙船「神舟6号」は1〜2年後に打ち上げられるとした。どうやら、早ければ1年後に「中国宇宙飛行士が宇宙遊泳」というニュースに接することになりそうだ。

 一方、先週東京で開催された第18回世界宇宙飛行士会議の席上で、欧州宇宙機関(ESA)のクロード・ニコリエ飛行士は、ESAが2007年に南米フランス領ギアナからロシアの「ソユーズ」宇宙船を国際宇宙ステーション(ISS)に向けて打ち上げることを明らかにした。

 米露に中国を加え、さらに欧州が有人宇宙船打ち上げの第一歩を表明した今、問題は日本がどうするかだ。

 「今後10年、独自の計画を持たない」と公文書に記してしまった(「関連記事:日本宇宙予算は600億円近く削減、長期間アメリカに依存へ」)今の日本に必要なのは、この公文書を絶対のものとせず、日本独自の有人飛行についての先入観を廃した具体的な議論を、社会全体の幅の広い分野で行うことであろう。憲法でも法律でもない公文書は、情勢の変化に対応して素早く書き換える性質のものである。

 筆者は、2001年に公表された「日本独自の有人宇宙船構想」通称「ふじ」構想の検討に参加しており、「日本はカプセル型宇宙船を独自開発して有人活動を行うべき」という意見を持っている。その意味で、筆者にはこの問題を客観的に解説する資格はない。

 幸いなことに、「日本は有人活動を行わずに無人の宇宙活動に力を集中すべき」という意見を持つ評論家の立花隆氏が10月17日付朝日新聞に「日本、無人技術で頂点を狙え」という文章を発表している。立花氏は航空宇宙研究開発機構(JAXA)ホームページのインタビューでも同じ意見を述べている(「JAXA発足に当たって」)。

 ここでは立花氏の意見に潜む先入観と矛盾を指摘しつつ、日本独自の有人飛行を議論するための材料を提供することにする。

 立花氏の「有人を行わず無人に注力すべき」とする根拠は以下の3点である。

 ・有人宇宙開発には兆円単位の予算がかかり、今の日本には不可能

 ・有人技術は一見華やかに見えるが、実際には、シンボル効果のほうがはるかに大きい
 ・日本が独自の有人技術に踏みだして、万が一の事故が起きたときに、日本の社会がそれに耐えられない

アメリカにとってISSは公共工事でもある

 まず最初の予算の問題を考えてみよう。アポロ計画には当時の貨幣水準で250億ドルかかった。当時の為替レートのドル360円で換算して9兆円だ。現在建設中の国際宇宙ステーション(ISS)は予算総額4兆円と言われており、過去何回も予算超過を繰り返したことを考えるともっとかかる可能性は高い。確かに有人計画には兆円オーダーの資金が必要に思える。

 しかし過去にかかったから、これからの有人計画にも同様の予算がかかると考えるのは先入観である。アポロは冷戦下の金に糸目をつけない計画だったので除外するとして、現在進行中のISSの予算肥大には2つの理由がある。ISSがアメリカの官による公共工事という性格を持っていること、もう一つは現在の宇宙開発で信頼性を口実にした技術の老朽化と陳腐化が起きているためである。

 ISSが公共工事というのは、例えばISSに賛成した米議会の議員の多くが航空宇宙産業の立地する州の議員だったことを指摘すれば十分だろう。ISSはアメリカの地方に金を落とすための方法でもあり、そして公共工事は巨額であればあるほど恩恵を受ける者は増える。このやり方では計画の肥大化を防ぐほうが難しい。

最新技術適用すれば神舟以下のコストで開発も

 技術の陳腐化のほうはより深刻な問題だ。宇宙機技術では、一度打ち上げたら修理ができないことから信頼性がなによりも重視される。使用する部品はさまざまな試験にかけて信頼性を確認し、いったん確認した部品は長期間にわたりさまざまな計画で使われ続ける。

 ところが、その結果、宇宙機技術は高速で進歩する民生品技術の恩恵を受けられなくなってしまった。典型例が電子部品で、宇宙用に信頼性が確認された部品は、同じ性能でも秋葉原価格の100倍以上の価格となってしまう。しかも性能は低い。人工衛星搭載コンピュータは今も16ビットが主流で、クロック周波数は電気店で買えるパソコンの100分の1以下だったりする。

 スペースシャトル初飛行から22年、その間に進歩した技術を正しく適用すれば、有人であれ無人であれ宇宙機のコストは劇的に下げられる可能性がある。中国は神舟開発に11年間で180億元(2520億円)をかけたという。確かに安いが、どうやら神舟は従来のやり方で開発されたようだ。「ふじ」構想の検討では、この半額以下の予算で有人飛行に持ち込める可能性が議論された。

 従来と異なるやり方で新しい技術を適用した場合、どれほどのコストで有人飛行が可能になるかは、あらためて先入観なしに検討しなければならない事項である。

人間のみが「フレーム問題」を超えた判断力を発揮する

 確かに有人飛行の持つシンボル的効果は大きい。ガガーリン以来宇宙飛行士は、社会にとっては憧れの対象でもあったし、その飛行はまずなによりも世界の人々の耳目を集めてきた。しかし、過去の飛行でシンボル効果が大きかったからといって、今後とも有人の意味は主にシンボル効果にあるとするのは先入観である。

 有人が持つ意味と可能性を垣間見せたミッションとして、ロシアの宇宙ステーション「ミール」の運用後期を挙げておこう。15年間に渡ったミール運用で、最期の5年間はトラブルの連続だった。

 姿勢を制御するコンピュータのダウン、火災、貨物輸送船「プログレス」の衝突、どれをとっても無人の宇宙機ならば即機能喪失の危機だったが、ミールは乗り切った。それは人間が乗っていて柔軟に判断し、対応したからである。宇宙においても人間は、機械よりも柔軟かつ即時に判断して素早く試行錯誤を収束させつつ事態に対応できる。確かに人間は錯覚を起こしやすく、高頻度で判断の誤りを起こすが、その柔軟性を過小評価してはいけない。

 無人技術において状況を判断するのは人工知能(AI)だが、AIには「有限の情報処理能力しかないAIには、与えられた世界の全てを処理することはできない」という「フレーム問題」として知られる大問題が存在する。要するに想定外の事態にはAIは現状、その原理からして対応できない。フレーム問題を乗り越えるためのアーキテクチャも提案されているが、まだまだ十分なものではない。

 「有人よりも無人」と対比するのではなく、両者の適切な協力関係を考えるべきではないだろうか。また、急速に進歩したコンピュータの莫大な計算能力を、人間の思考と判断の能力と適切に組み合わせて、相乗効果を得るような有人活動の組み立て方も検討すべき事項だと考える。

アメリカのシャトルでなら死んでもいいのか

 日本社会が有人の事故に耐えられないとする意見は、先入観ですらない。

 現在、日本はアメリカのスペースシャトルを利用した有人活動を実施しており、何人もの宇宙飛行士が選抜されている。そしてスペースシャトルは2月のコロンビア事故を見ても分かるように、死亡事故につながるリスクを持った乗り物である。それに日本人飛行士が搭乗するということは、日本の計画による日本人飛行士のリスクを容認していることである。

 日本社会が有人の事故に耐えられないとするなら、スペースシャトルへの搭乗も中止しなくてはならない。独自の有人活動とスペースシャトルの違いはどこにあるのだろうか。


 一つだけ考え得るのは、「日本が日本の責任で開発して運用する乗り物で死者がでるのはまずいが、アメリカの乗り物で死者が出るのはかまわない」ということだろう。自分の責任でないならリスクは容認できるという責任逃れの思考だ。

 このような思考に漢字を当てはめるなら「卑怯」という文字がふさわしいだろう。

 すでに「踏み出してしまった」日本が、宇宙飛行士のリスクにどう対処するかは、独自有人活動とは切り離して考えなくてはならない。

 今回の神舟5号の飛行について、日本の反応は、(1)中国がしたからといって日本が追従する必要はないとする無関心系の「独自の道」論、(2)軍事面の影響を指摘したり中国へのODA停止を主張する中国脅威論、(3)日本の科学技術はもう駄目だとする負け犬論、(4)中国に先をこされてくやしいとする感情論、(5)無関心・無気力---に分類されるように思われる。

 これらのどれもが建設的ではない。すでに中国は自国の技術で宇宙に人を送り込む手段を手に入れた。今必要なのは、アメリカに有人活動を依存している日本が、今後どのような戦略を持って宇宙活動を展開していくのか、先入観を持たず、事実に基づいた議論を幅広く進めること。そしてなによりも素早く行動することだ。世界は日本を待ってはくれない。

◆筆者:松浦 晋也=ノンフィクション・ライター。1962年、東京都出身。日経BP社記者として、1988年〜1992年に宇宙開発の取材に従事。著書に「H-IIロケット上昇」(日経BP社)、近著に日本独自の有人宇宙活動の可能性を論じた、『われらの有人宇宙船』(裳華房)がある

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