超小型衛星の打ち上げ成功が意味するもの
2003年7月2日
東大と東工大の衛星は、開発費用がそれぞれ300万円と衛星としては異例なまでに安い。このことは、開発のハードルが下がって挑戦的なミッションを容易に実施できるようにするという点で大きな意味を持っている。●「ギネスもの」の異例の打ち上げ
今回の打ち上げを、打ち上げサービス会社のユーロコット社は「MOM(Multi Orbit Mission)」と呼称していた。一度に9機のペイロードを異なる軌道に投入するという、通常の単一衛星打ち上げとは大きく異なるミッション内容だったからである。1回の打ち上げで複数の衛星を異なる軌道へ投入することは世界的に珍しい。実は日本が過去に、1995年のH-II3号機(気象衛星「ひまわり5号」を静止トランスファー軌道に、宇宙実験衛星「SFU」を地球低軌道にそれぞれ投入)と、2002年9月のH-IIA3号機(データ中継衛星「こだま」を静止トランスファー軌道に、宇宙実験衛星「USERS」を地球低軌道にそれぞれ投入)と、2回実施している。
9機のペイロードの同時打ち上げについても、過去にはアリアンスペース社が主ペイロードの衛星1機と小型衛星6機を同時に打ち上げたことがある程度で、打ち上げの現地プレセツクでは「ギネスブックものの記録だ」との声も上がっていた。
実際の打ち上げでは、まず「ブリーズ上段」は2回の噴射で近地点高度320km、遠地点高度820kmの軌道に入ってチェコの科学衛星「MIMOSA」を分離、次いで3回目の噴射で高度820kmの円軌道に移って、カナダ宇宙庁の小型宇宙望遠鏡「MOST」を分離した。この時にロケット側コンピュータが発したMOSTの分離信号を超小型衛星打ち出し装置が同時に受け取ってタイマーを動作させ、70秒間隔で超小型衛星を順番に分離していった。残ったブリーズ上段はさらに噴射を重ねて、最終的には大気圏に突入、分解する軌道に入った。軌道上にスペースデブリ(人工物による宇宙ゴミ)を残さないための処置である。
●超小型衛星で野心的、挑戦的なミッションが可能に
今回の打ち上げで、1kg〜3kgという超小型衛星が初めて軌道上で本格的に運用されることになった。これらは1999年にアメリカの教育関係者が「Cubesat」という名前で学生の教育用として提唱し、現在世界中で60以上の大学や研究機関で開発が進められているもの。今回の6衛星はその先陣を切って宇宙へと運ばれたものだ。
超小型衛星の意義は大きくいって2つある。一つ衛星が小さくなることで、開発のために乗り越えるハードルがぐっと低くなるということである。
日本では日本機械学会が主催して学生のための衛星設計コンテストを開催しているが、実際の開発となると多額の資金が必要になるため、今のところ同コンテストに出展された設計で実際の開発に至ったのは千葉工業大学の鯨生態観測衛星「観太君」だけである(H-IIAロケット4号機で昨年12月に打ち上げられ、現在運用中)。同衛星は、重量が約50kg。文部科学省・宇宙科学研究所の教授として豊富な衛星開発経験を積んできた同大学の林友直教授が開発を指導し、千葉工大も全面的にバックアップした。
開発経費は約8000万円で、打ち上げは宇宙開発事業団(NASDA)がピギーバック・ペイロード(打ち上げ能力に余裕がある場合、主ペイロードのじゃまにならない、打ち上げに失敗しても責任は持たないなどの条件で引き受ける補助ペイロード)として無料で行った。「観太君」は既存衛星としては最小クラスの大きさで、開発コストも格安である。だが、それでもこれだけの開発コストと体制がどうしても必要だった。
一方、今回の東大と東工大の衛星は、開発費用がそれぞれ約300万円で、打ち上げ費用も正規にユーロコット社に支払って行っている。衛星がきわめて小さいために開発費用は安く済み、安価なロシアのロケットを使うことで正規のカスタマーとして打ち上げサービスを利用できるようになるわけだ。開発に対する大学全体のバックアップも不要になり、研究室単位で実施できるようになる。東大の「XI」は中須賀真一助教授が、東工大の「CUTE-I」は松永三郎助教授が、それぞれ衛星を企画し、学生主体の開発を指導した。
ちなみに開発コストの大部分は、宇宙機向けの高価な太陽電池が占めており、本体の電子回路などは、民生品でごく安価に製造している。今後安価な太陽電池を使用することが可能になれば、開発コストはさらに圧縮することができるとのことだ。
そしてもう一つの意義は、開発のハードルが下がることで、これまで実施しにくかった挑戦的なミッションを容易に実施できるようになるということだ。
今回の打ち上げでは、アメリカの宇宙からの地震検出を目指す「Quakesat」(重量3kg)も打ち上げられた。地震の時に発生するという電波を軌道から観測しようという衛星である。地震発生時に出る電波については旧ソ連が「サリュート」「ミール」などの有人宇宙ステーションで観測したことがあり、日本でも10年近く以前にNASDAが、地震予知に向けた観測衛星のコンセプトを学会などで発表したことがある。しかし、この分野については専門の地震学者の間でも、本当に電波が観測されるのか、また観測できたとしてもそれが予知につながるかどうかで意見が分かれており、結局「あやふやな根拠では衛星を開発することはできない」と、実現には至らなかった。
しかし、衛星の開発と運用のコストが小さくなる超小型衛星ならば、このような挑戦的な「本当にできるかどうか分からない」ミッションの衛星も実現することができる。たとえ失敗したとしても、発生する損失は小さいので、その分野心的なミッションも実行することができるわけである。このことは、開発経費が巨額なためにとかく保守的なミッションや設計になりがちな宇宙開発分野にとって、大きな意味がある。
●今後必要になる、超小型衛星向けのインフラ整備
今回の6衛星が、それぞれに成果を上げることができれば、1kg程度の超小型衛星の開発が、世界的にも盛んになるだろう。その芽を摘まずに超小型衛星を宇宙開発の一ジャンルとして育てていくには、超小型衛星のためのインフラ整備が必要になってくる。
最大の問題は通信のための周波数の確保である。今回打ち上げられた衛星は、緊急避難的に世界的に認められているアマチュア無線のための周波数帯を使って通信を行っている。今後衛星の数が増えれば、専用の周波数帯を確保しなければならないし、また、多数の衛星が同時に独立して通信することが可能な通信プロトコルを国際規格として整備する必要がある。
アマチュア無線の周波数帯を使うことは、同時に衛星の追跡管制で、世界中のアマチュア無線愛好家の支援を期待できるということでもある。実際、東工大の衛星は、イギリスのアマチュア無線愛好家が最初に電波が正常に発信されていることを確認して通報してきた。もしも専用周波数帯と規格化された通信プロトコルを採用するならば、これに代わる追跡管制の仕組みを衛星の開発者達で整備しなくてはならない。インターネットでそれぞれの地上局を結んで相互に利用できるようにするといった仕組みを考えることになるだろう。
さらには、ミッションを終了した超小型衛星がそのまま宇宙のゴミとなって軌道上の危険物となることを避けるため、軌道の選択や軌道離脱のための手順なども定めるべきだ。
逆にいえば、これらのインフラを整備することで、宇宙での新たな技術開発の手段を、我々は手にすることができる。その可能性は低く見積もるべきではないだろう。
◆筆者:松浦 晋也=ノンフィクション・ライター。1962年、東京都出身。日経BP社記者として、1988年〜1992年に宇宙開発の取材に従事。著書に「H-IIロケット上昇」(日経BP社)
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