独自有人宇宙開発を言い出せない宇宙開発委のジレンマ
2003年5月29日
H-IIAロケットも順調に上がっているし、中国の有人飛行も近づいているので、宇宙開発委員会としては独自有人活動を押し立てたいところ。しかし昨年6月には「今後10年は独自の有人はやらない」とした内閣府・総合科学技術会議の方針が出ており、宇宙開発委員会は自ら「有人」と言うことができない。
●有人をやるべきとの意見が次々にでる
このシンポジウムは、30年から50年先を見据えて日本が宇宙開発分野で何をしていくかを考えるという趣旨のイベントで、4つのパネルディスカッションに分かれて討論を行った。この「30年から50年先」というのが、宇宙開発委員会として工夫した部分だったといえる。というのは、昨年6月に内閣府・総合科学技術会議が「今後10年間は日本は独自の有人宇宙活動を行わず、国際宇宙ステーションなど国際協力を通じて技術の蓄積を行う」という方針を出しているからだ。
宇宙開発委員会としてはこの方針に反することはできないが、しかし日本独自の有人活動に向けた流れは作っていく必要がある---ということが今回のシンポジウム開催の意図だったといえる。
宇宙開発委員会の意図は十分以上に満たされた。個々のパネルディスカッションでは、日本独自の有人宇宙活動にすぐにでも取り組みたいとする積極的な意見が飛び出したのだ。
自分自身が宇宙に行きたいとする八坂哲雄・九州大学教授に対して、井口雅一・宇宙開発委員会委員長が「なぜ(宇宙に)長期滞在したいと思うのですか」と質問すると、八坂教授は「水中の生物が地上に出たいなと思って進化したときに、おまえらなぜ出たいかといっても答えられないでしょう。これと同じです」と、今までの官製シンポジウムでは考えられなかった答えを返した。また、自らは通信技術の研究機関の長であり、直接は有人宇宙活動と関係ない飯田尚志・通信総合研究所理事長からも、「ぜひとも有人宇宙開発をやって欲しい。お金もかかるだろうけれどもその部分は覚悟して、着々と技術を蓄積していく体制を作って欲しい」という発言が出た。
ニュアンスの強弱はあれども、宇宙開発関係者の意見は「有人やるべし」で一貫しており、川崎雅弘・宇宙開発委員会委員長代理が「今日の趣旨は30年から50年先のことを話し合うということで」と議論をけん制するシーンも見られたほどだった。
●H-IIAの連続成功を追い風に有人への道筋を
実のところ宇宙開発関係者の間では、昨年6月の総合科学技術会議の方針は極めて評判が悪い。というのも、方針決定に至る議論を内閣府の官僚が「バイオ・テクノロジーやナノテクノロジーにつぎ込む予算を捻出するために、宇宙開発と原子力の予算を削る」という意図でリードしたためだ。その底には、「科学技術立国」という小泉内閣の方針に対して、省庁縦割りの予算配分を温存して科学技術予算の内部配分のみをいじって新味を出そうとする古い思考がはっきりと透けて見えていた。
とはいえ、方針が出た昨年6月時点では、H-IIAロケットは2号機までしか上がっておらず、安定運用できるかどうかはまだ分からなかった。このため総合科学技術会議の議論でも「有人などということを言う前にやることがあるのでは」という意見に反論しにくい雰囲気があった。さらに「ただでさえ国際宇宙ステーションに予算がかかるのだから」と追い打ちをかけられ、日本独自の有人活動の可能性は摘み取られてしまったわけだ。
しかしその後H-IIAは3機連続で成功し、実績を上げている。宇宙開発委員会としては、成功の実績を背景に、少しでも日本独自の有人宇宙活動への道筋を付けたいというところだろう。
●迫る中国の有人飛行への政治的な対応も
もう一つ、宇宙開発委員会には日本独自の有人活動への議論を活発化させねばならない理由がある。中国の有人宇宙船「神舟」の初の有人打ち上げが、今年10月に迫っているからだ。
中国の有人宇宙開発については、これまで自国の宇宙開発に注意を払ってこなかった政治家の間でも、国家威信とからんで目を向ける動きが出てきている。中国は日本のODA(政府開発援助)の対象国であり、2001年度で6億8600万ドル(1ドル=120円として823億円)を受け取っている。これは日本の全ODA予算の9.21%だ。
自由民主党の中には「日本からODAを受け取っている国が日本以上の宇宙開発を進めているのはどういうことか」、あるいは逆に「ODAを受けている中国が有人飛行をしようというのだから、日本の宇宙開発をてこ入れするべきでは」と認識する国会議員が出てきつつある。これが10月に中国の有人宇宙飛行が成功すれば、それまで宇宙開発に無関心だった議員の中から「いったい日本の宇宙開発は今まで何をしてきたのか」と糾弾する動きが出てくる可能性もあるだろう。
宇宙開発委員会としては、国会議員から糾弾される事態は避けたい。そのためには「独自の有人宇宙活動に向けてこのような手を打っている」と提示できるようにしておかなければならない。できれば「予算さえあれば日本でも有人宇宙活動を行う準備は出来ています」と言える状態に持っていきたいところだ。
●厳しい財政状況が有人開発の未来のカギ握る
とはいえ、総合科学技術会議の方針には従わねばならず、宇宙開発委員会として「有人を」とはっきりいうことはできない。つまり、今回のシンポジウムは、「有人」と言いたくとも言えない宇宙開発委員会が、有人に向けた地ならしとして開催したと言って良いだろう。もちろん同時に、中国の有人飛行が失敗した時には、「有人」を望む関係者の「ガス抜き」として機能するということも計算に入っているはずだ。
ただし、有人をやるとしても実施に先立って日本国の財政状態がこの先どうなるかに左右されることは間違いない。今回のシンポでも、「最盛期に比べると日本の税収は10兆円も減っている。これではチャレンジは難しい。私は有人を日本もやるべきだと思うが、税収が上がってくるということが契機だろう。」(桑原洋・日立製作所取締役)という意見が出た。日々現実の経済と向き合っているメーカー首脳からこのような意見が出てきたことが、現在の日本の有人宇宙開発を取り巻く厳しい状況をはっきり示しているといえるだろう。
筆者:松浦 晋也=ノンフィクション・ライター。1962年、東京都出身。日経BP社記者として、1988年〜1992年に宇宙開発の取材に従事。著書に「H-IIロケット上昇」(日経BP社)
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