解説:情報収集衛星、利用者側も知識が不足
2003年3月13日
しかし今回打ち上げられる第一世代のIGSでは、得られた情報を生かす体制やノウハウが不十分である。おそらく第一世代が運用される5年間は、ノウハウ蓄積のための試用期間となるだろう。また、日本の政治家や官庁には、偵察衛星に対する正しい理解が浸透していない。最悪のケースを考えると、衛星が取得したデータだけが山積し、誰も満足に利用できなかったり、あるいは分析したふりをしたマル秘報告書が霞が関界隈に出回るだけに終わる可能性がある。
●地上局を新たに整備、情報は市ヶ谷地区に集中
米国防総省が運用している偵察衛星は、どれも衛星間通信装置を持ち、静止軌道上の中継衛星経由でデータを地上局に送信できる。つまり地球上のどの地域を観測している場合も、取得した情報をリアルタイムで送信できる。一方IGSは、光学衛星もレーダー衛星も、衛星間通信装置を搭載していない。このため、リアルタイムで観測できるのは地上局が存在する地域だけということになる。それ以外の地域の観測データは、一度衛星内に蓄積した上で、地上局上空に来たところで送信することになる。
IGSの地上局は、北海道苫小牧市、茨城県北浦町、鹿児島県阿久根町に建設されている。日本列島の南北に受信局があるということは、IGSが日本周辺を撮影したデータを、なるべくタイムラグなしに直接受信することを目指していることを意味する。IGSは、あくまで日本周辺向けの偵察衛星なのだ。この他海外にも受信局を設ける動きもあるようだ。
これら地上局は、東京都新宿区市谷の防衛庁市ヶ谷地区に設置された解析設備とデータ回線で結ばれている。受信データはすべて市ヶ谷で解析されるわけだ。解析のために必要な人員の手当も進んでおり、300人規模の解析要員が市ヶ谷に詰めることになっている。どの目標を観測するかは、各官庁が内閣府にリクエストを出し、運用計画に組み込むという手順を取る。政治の側からのリクエストは、官庁経由ということになるのだろう。
問題は2つある。取得データ解析についてのノウハウが決定的に不足していること、そして観測のリクエストを出す官庁や政治家が、偵察衛星に何ができて何ができないかを完全には把握していないことである。
●解析ノウハウの蓄積には時間がかかる
運用方法はそれなりに違うが、センサーで地表を観測するという点で偵察衛星は地球観測衛星の一種である。地球観測衛星のデータ解析で一番難しいのは、「データに写ったものが実際には何か」を同定することだ。これはデータに写った地域を実地に調べて確認するほかない。地球観測データの解析ノウハウとは、「このように写っているものは実はこれだ」という知識の集積なのである。衛星に搭載するセンサーは、それぞれ独特の「くせ」を持つ。そのくせを理解し、観測データから自在に必要な情報を引き出すためには、一般に想像する以上の経験による蓄積を必要とする。解析要員の人数をいくら増やしても、ノウハウの蓄積がなければ十分な解析はできない。
従ってIGSも打ち上げ後、当分は地味なノウハウの蓄積に集中せざるを得ないだろう。その作業は5年間の衛星寿命いっぱいかかると思わなくてはならない。衛星が上がったからすぐに安全保障に必要な情報が入手できるというものではない。
●“文系の知識”では衛星を使いこなせない
衛星から得られる情報には、衛星という宇宙機特有の制限がいろいろと付いてくる。例えば特定の地域を常時監視することができるのは、静止衛星のみである。IGSのような太陽同期準回帰軌道に打ち上げられる衛星は、目標を斜め横から観測することを考慮してもせいぜい1日数回、一回につき十数分程度しか同一の地域を観測できない。
また、IGSはミサイルの発射をリアルタイムで観測することはできない。ミサイル発射を監視するのは赤外センサーを持ち静止軌道に打ち上げる早期警戒衛星の役目である。1998年の北朝鮮による「テポドン」発射の時には、偵察衛星と早期警戒衛星を混同している人をずいぶんと見かけた。
衛星というシステムを理解するためには軌道力学やセンサーの構造などの理工系の知識、特に物理学系の知識をある程度必要とする。しかし日本の政界も官界も、文系教育を受けた人材が主流を占めている。結果としてIGSに過大な期待をかけたり、見当はずれな要求をしたりする可能性がある。IGS導入論議の時に、「北朝鮮上空に衛星を常時浮遊させろ」といった政治家がいたと聞く。すこしでも物理学を知った者にはお笑い草だが、同時にごく一般の人が陥りがちな誤りでもある。しかし、IGSに対して観測リクエストを出す政治家や官僚がこれでは困る。
IGSに対して的確な観測要求を出すためには、政治家や官僚にいくらかの物理学の勉強をしてもらわなくてはならない。しかし、「私は理科は苦手で」などと公言する人も少なくない日本社会で、政治家と官僚だけが勤勉に物理学を再履修する保証はない。
筆者:松浦 晋也=ノンフィクション・ライター。1962年、東京都出身。日経BP社記者として、1988年〜1992年に宇宙開発の取材に従事。著書に「H-IIロケット上昇」(日経BP社)
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