2010年、証券取引所がなくなる日
1999年10月19日
全国に8つある取引所のうち東証の売買高シェアは88.2%。シェアが0.1%にすら満たない地方証取が消えるのはごく自然なことだ。では、圧倒的シェアを誇る東証は安泰なのか。決してそうではない理由は、株高に沸く米国の取引所の現状から見えてくる。
米国では株式市場が活発なのにもかかわらず、ニューヨーク証取やナスダック(米店頭株式市場)などの正規の取引所が揺らいでいる。と言うのも、電子証券取引ネットワーク(ECN)という新しい仕組みが急速に勢力を拡大しているからだ。
すでに9つ、電子取引システム台頭
ECNとは、証券会社などが運営する「私設」の取引システム。立会場を持たず、コンピューターで売り買いの注文を自動的に付け合わせる。
大手証券のメリルリンチやゴールドマン・サックスが出資する「アーキペラゴー」やソロモン・スミス・バーニーなどの「ストライク・テクノロジー」。さらにフィデリティーやチャールズ・シュワッブなどの「レディブック」と、現在運営されているECNの数は9つにも達する。今後も数社の新規参入が見込まれる。
取引銘柄はニューヨーク証取やナスダックに上場している会社。つまり、GE(ゼネラル・エレクトリック、ニューヨーク証取上場)やマイクロソフト(ナスダック公開)の株式は、普段、それぞれの証券市場で取引される。それとは別にECNは「証券会社が持つ多くの顧客」(フィデリティー・ブロカレッジサービスのボブ・マザレーラ社長)を集めて売買を成立させている。9つのECNの取引高は急増し、今やニューヨーク証取の売買高の4%とナスダックのそれの30%を占める。
なぜ正規の取引所があるのに、私設のECNに多くの機関投資家や個人客が集まるのか。その理由は「既存の取引所にはない便利さと効率のよさを持っている」(ECNを運営するITGのレイモンド・キリアン会長)からだ。
まず大きいのは取引コストの安さ。
7ページの図が示すとおり、通常、投資家が株式売買の注文を証券会社に出すとニューヨーク証取やナスダックにつながれる。その後、ニューヨーク証取内にいる専門業者や、ナスダックならマーケットマーカーという値付け業者がその注文を処理する。彼らは注文を付け合わせる際に、自分の手数料を上乗せする。
ニューヨーク証取の専門業者は27しかなく、売買の執行が遅れることがあると言われる。また、マーケットメーカーが談合し不当な手数料を取っているとして訴訟が相次いだこともあった。投資家には「本当はもっと安くできるのでは」との不満が根強い。
この点、ECNは証券会社が運営するので、投資家の注文を受けた証券会社はECNの中で取引を成立させ、値付け業者が入るのに比べてコストを抑えられる。年内にECNを立ち上げる証券会社、ウイットキャピタル(ニューヨーク市)のアンドリュー・クライン副会長によると、「マーケットメーカーなら最高2ドルの取引コストがかかるが、うちのシステムは0.02ドルで済む」という。
売買時間が証券取引所より長いのも魅力だ。ECNは続々と夜間取引を始めている。取引所が閉じた4時以降にある企業が重大な損失を発表しても、ECNでその企業の株を売買できる。
ECNの伸びを後押ししているのは、一般的になったインターネットによる株式投資も大きい。米国ではオンライン投資の口座数は1000万に達する。手数料も電話で頼んでいた時代は1回に数万円かかったのが、今では株式数にかかわらず1000円程度で済む。
また、個人のお客はパソコンを通して証券会社とつながり、株式相場のデータなどを見られるようになった。新しいECNの試験運用を始めたイーピット(カリフォルニア州)のシステムでは、顧客のパソコン画面にどの銘柄に、誰から、幾らの注文が出ているのかがすべて表示される。これは以前ならマーケットメーカーしか持っていなかった情報だ。「一般の投資家がプロと同じ条件で取引できる」とリチャード・フリーセン社長は言う。
もっとも、乱立するECNには課題も多い。「個人が夜間に小口の注文を出しても相手が少なく売買が成立しにくい」とか、「取引システムの拡大に資金が続くのか」という指摘もある。ECN間の取引提携も始まっており、「すべては生き残れない」(ウイットキャピタルのクライン氏)という認識も強い。それでも放送局や通信社が投資するなどECNを支援する勢力は幅広い。現に、ニューヨーク証取は現状の会員組織から株式会社化への変更、さらに上場を計画、「先端技術の導入で競争力を保つ」(ニューヨーク証取のリチャード・グラッソー理事長)と焦りは強い。ナスダックも夜間取引を発表している。既存の取引所はECNへの優位を保てるのか「全く先は見えない」とメリルリンチのジョン・ステフェン副会長は言う。
株式会社化など対抗策欠かせぬ
実は、日本の証券取引所にとってもECNは対岸の火事ではない。と言うのも、金融制度改革(ビッグバン)により、日本でもECNが勢力を伸ばす素地が整ったからだ。
例えば、取引集中義務の廃止。これまで証券会社は法律により、お客の注文をすべて取引所や店頭市場につながなければならなかった。しかし、それがなくなり、今は証券会社間で自由に売買できる。さらにこの10月には証券売買の委託手数料の自由化が始まった。オンライン証券会社が続々と手数料を引き下げており、日本でもパソコンを使った投資が広がる。一気に米国に近い状況が作られたわけだ。
すでに国内の証券会社が機関投資家向けにECNを始めて、取引所より割安なコストを打ち出している。また、既に日本に進出したインステネットに加え、多くの米国勢が日本市場の開拓を狙っている。野村証券の氏家純一社長も「ECNへの投資を考える」と言い、日本での普及も時間の問題だ。
こうしたECNの脅威に対して、日本の取引所の対応はまだ見えない。むしろ東証は、ベンチャー企業向けの市場の新設を打ち出すなど上場企業数の増加に躍起になっている。
だが株式市場の活性化に必要なのは上場企業数を増やすことだけでなく、投資家が魅力を感じる取引環境を整備することだろう。
投資家の支持を得て拡大するECNに対抗するには、「現在の証券会社からなる会員組織を変え、株式会社にして幅広く資金を集めることも検討中」(東証ニューヨーク事務所の茅沼俊三所長)といった根本策が欠かせない。
1989年、東証の平均株価は3万8915円の最高値を付け、東証の立会場は取引業者の熱気で溢れた。それから10年。東証での取引はコンピューター化され、立会場から人々の姿は消えた。ECNという新しい波に備えなければ、2010年には取引所自体が姿を消しているかもしれない。(酒井 耕一=ニューヨーク支局)
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