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藤圭子の娘・宇多田ヒカルは16歳、いきなり200万枚ヒットでR&Bクイーンに

1999年3月5日
 宇多田(うただ)ヒカルという名前を聞いたことがありますか?

 デビューシングル『Automatic』(98年12月9日発売)の売り上げがあっという間に200万枚を突破した超有望なシンガーソングライターだ。

 実は彼女、歌手・藤圭子の娘。父は音楽プロデューサー・宇多田照實(てるざね)氏だ。1983年にニューヨークで生まれ、現在は日本のアメリカンスクールに通う16歳。リズム&ブルースをセンス良く歌い、音楽ファンから圧倒的な支持を受けている。

 ニューヨークでは、幼少の頃から音楽とともに生活があった。家では音楽が常にかかっていて、父親の仕事場であるレコーディング・スタジオに、寝泊まりすることもあった。リズムボックスはオモチャ代わりだ。7〜10歳頃にすでにコーラスなどのメロディを作り、「父親よりうまい」といわれていた。あまりにいいメロディが出てくるので周囲から1曲全部をつくってみれば? といわれて作曲したのが創作の第一歩だった。

 初めてレコードを出したのが12歳の時。Cubic U(キュービック・ユー)名義で4曲入りのアナログをリリースした。(Cubic Uとは宇多田親子3人を指す。頭文字Uの3乗という意味。親子の絆が強い家族だ)

 この噂を聞きつけたのが、日本の東芝EMI。洋楽のレーベル、フリーベースからアルバムを出さないかと打診した。この英語によるアルバム『Precious』は98年1月に発売されたが、ここへきてのあまりの反響ぶりに3月31日に再発売される。

 ニューヨークで注目された実力の持ち主が、なぜ日本でデビューしたのか。ネックはやはり肌の色だ。ロックは白人のもの、R&Bは黒人のもの、と人種と音楽が強く結びついている米国では「なぜイエローの日本人がR&Bを出すのか」と聞かれることが多かった。確かにセリーヌ・ディオンもフリオ・イグレシアスにしても自国での実績、先にありきである。こうしてそれまで日本での録音など考えてもいなかった父・照實氏が翻意する。東芝EMIから日本語で曲を出さないかとの話が来たタイミングだった。

(以下、詳細は全国で発売中の「日経エンタテインメント!」4月号をご覧ください)

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