市場に侵食される国家見据えた『カジノ資本主義』の著者逝く
1998年12月9日
谷口 智彦
『カジノ資本主義』の著者として知られる英国の学者スーザン・ストレンジ(ロンドン大学名誉教授)が、10月25日死去した。自宅で静かに迎えた最期だったためかメディアは長く気づかず、訃報は随分と遅れて出た。
代表作の同書が英国で出たのは1986年である。米国株式が崩落するブラックマンデー以前のこと、当時、実物経済を規模ではるかに凌駕する富が金融という名目の世界で生まれる現実に、人は当惑していた。基軸通貨が金という実物のくびきを離れて以来進行していた現象に、人間の実感は依然追いついていなかった。題名は、そこを1語で要約した。
2年後邦訳が出ると、同書が日本でも多くの読者を得たのは無理もない。当時日本の資産市場こそはカジノ同然になったと感じていた人は、主流でないにせよ少なくはなかったからだ。
その続編と銘打つ近著は『マッド・マネー』という。ロンドンの専門書店に並び始めたのはようやく死の1週間前のことで、これが遺作となった。
過去10年に変化した要素として技術が金融に及ぼした広範な影響から、同書は考察を始める。技術の進歩は金融に随伴するリスクをむしろ増大したことが描かれる。次いで日米、独仏両枢軸関係へ筆を移すのは、この両者が世界金融市場の管理に果たす役割を依然大きいとみるからだ。グローバル化した市場を守護ないし規制するとはいかなることかという問いが、全体を貫く問題意識である。
政治に経済を、経済に政治を見た
同書の見本刷りができたばかりの8月末、ストレンジはこの新著を「どうしても書いておきたかった」と言っていた。遺著となるのを覚悟していたのだろう。「私のガンは、もう肝臓に回ったから」とも言っていた。
しかしそればかりではなかったはずだ。市場を見るときそこに投影する権力関係を見、国家を眺めてはその力が市場によっていかに侵食されるかを、ストレンジは指摘してきた。『国家と市場』『国家の後退』という一連の近著の題名にも明らかな通りだ。
市場は自然にできるものではない。だれかがルールを決め、保全人となって初めて機能する。市場の動態は権力関係(ないしその不在)を映す鏡である。――ストレンジのこの視角こそは、ソ連崩壊後世界に拡大した市場化現象の解析に必要なものであり、にもかかわらず、国家の枠にとらわれがちな正統政治学、経済学に望んで得られないものだった。メキシコに始まり昨年タイを襲ってついには米国をも脅かしたグローバルな市場の動揺を前に、自らの眼力を試す好機だと、ストレンジは思ったに違いない。
読者は彼女のその最後の試みを受け取り、同時に、こうした場合だれより先に疑問を投げかけ答えようとしてみせる刺激に富む思索家を失った。政治経済学という名自体はアダム・スミスとともに古くとも、そこに現代の息吹を与えた先駆者を失った。
ストレンジは、LSE(ロンドン大学カレッジの1つ)を出てエコノミスト誌、次いで日曜紙オブザーバーの米国特派員として、戦後世界の経済体制をその搖籃期に伝えた。いわゆるレッドパージを身をもって見たから、米国人の精神の振り子がどれだけ揺れるか熟知していた。そのせいだろうか、米国の覇権失墜を憂う衰退学派にも、ソ連崩壊をもって歴史が終わったとした楽観論者にもともにくみしなかった。
そして目前の現実がもつ意味を何とか咀嚼しようとし続けたところ、優れたジャーナリストとしての気性を最後まで失わなかったかにみえる。自らつける題名の常に秀逸なところにも、その点はよく表れていた。
終末医療をどう受けていたのかを知らない。イングランドの田舎家で何事もなかったかのように送り、死の1カ月前まではクルマを運転していた。享年75。5人の子の母でもあった。
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